浮上する問題は……
著者:高良あくあ
*紗綾サイド*
悠真君と海里君が部屋を出るのを見送り、私は部長さんの方を振り返った。
「それじゃ、私達も食堂に行きましょうか」
「……食堂って、どれだけ広いのよこの家」
部屋を出て、歩きながら会話を続ける。
「いえ、それほど広くも無いと思いますけど……そういえば部長さん、結局悠真君の記憶のこととか、知っていたんですか?」
「そうね。……ああ、記憶が無いって言うのは初耳だったわね。紗綾と海里の態度からして何かあるんじゃないかとは思っていたけど」
「態度だけでそう思えるのが凄いです……」
部長さんや悠真君の前では、お互いあまりよく知らない相手として振舞うようにしていたのだけど。悠真君が思い出せなかったものを、無理に思い出させない方が良いと言われてしまったから。
「あら、ありがと。でも、悠菜のことは知っていたわ。随分前……そうね、ちょうど貴女と悠菜が知り合ったのと大体同じ時期くらいからかしら」
「やっぱり、科学とかそういう関係で……ですか?」
「ええ。同じコンクールの違う部門で優勝した者同士、みたいな感じかしら。私の方が年上でこそあったけど、関係としては『親友』が適切でしょうね」
懐かしそうな表情を浮かべる部長さん。
……私も、悠菜ちゃんのことを親友だと思っているけど。それとはまた別、ということなのだろう。大体、親友が一人しか作れなかったりしたら、秋波ちゃんだって違うということになってしまうし。
「貴女達は私と悠菜が似ているって印象を抱いていたみたいだけど、それはきっとそのせいでしょうね。お互いに影響受けまくっていたから。……だから、事件のこと聞いたときは凄くショックだったわ」
「……そう、ですね」
それは私も同じ。もっとも私の場合、ニュースで流れる前……事件の直後に海里君に連絡を貰ったのだけど。それでもショックだったのは変わらない。
「ま、貴女達の落ち込み方に比べたら、私は元気な方だったみたいだけどね」
「それですよ! どうして……?」
「……ある程度、覚悟はしていたから、かしら」
部長さんの答えに、首を傾げる。
「どういうこと、ですか?」
「悠菜は機械いじりとか得意だったじゃない。私の薬の調合も同じだけど、一つ手順を間違えたせいではいサヨナラとか、結構ある話なのよね。まぁ、悠菜に限ってそれは無いだろうけど」
「それはそうですけど、でも……」
「それに、悠菜は自分からその道を選んだんでしょ? だったら私達が落ち込みすぎると悠菜の遺志に反するって言うか。悠菜の周りの人間は皆落ち込んでいるだろうから、私くらいはすぐに立ち直って明るく振舞おう、っていうのはあったかもしれないわね」
部長さんは簡単に言うけど、なかなか出来ることじゃない。
仲良くしていた人間と、唐突に会えなくなって……立ち直ろうと思って立ち直れるものじゃなくて、だからこそ私達も悠真君も苦労していたはずなのに。
そもそも、あんなにショックを受けた状態で、どうしてそこまで考えが行き渡るのだろう。私達は自分と周りのことだけで精一杯で、とても悠菜ちゃんが何を考えていたかとか、そんなことを考える余裕は無かったのに……それなのに、この人は。
浮かぶのは、ただ『凄い』という、この人に対する評価だけ。
……ああ、それともう一つ。
「……やっぱりずるいです、部長さんは」
「何が?」
明らかに分かっているであろう笑顔で、部長さんが訊ねてくる。
ちょうどそこで食堂について……ついでに認めたくなかったから、答えなかったけど。
ますます私に勝ち目が無いように思えた、なんて。
*悠真サイド*
帰り道にて。
一人で考えても俺に答えは出せないだろうと、隣にいるこういうことに慣れていそうな親友に助けを求めてみることにする。
「……なー海里、俺も訊いていて情けなくなるような質問するけどさ」
「何?」
「俺、一体どっちが好きなんだろうな。部長と紗綾の」
少しの沈黙。
「って、それを僕に訊く、普通!?」
「だから最初に言っただろ、自分でも情けなくなるって!」
「情けなさすぎだろ!? 今の、下手したら陸斗より馬鹿っぽかったよ!?」
「うっ、それはかなり凹む……仕方ないだろ、自分じゃいくら考えても分からないし。海里ならこういうこと慣れているっていうか、詳しそうだしさ」
「どんな目で見られてるのさ、僕……で、悠真は紗綾ちゃんと先輩のどっちが好きか、だっけ」
「ああ」
愚痴ったり呆れたりしつつも一応真面目に考えてくれるのが、この親友の良いところである。
「ま、それは僕が簡単に答えちゃうわけにもいかない問題だと思うけどね。でもあえてアドバイスしておくと『悠菜のことは切り離して考えるべき』かな」
「は?」
切り離すも何も、この話に悠菜は……
………………。
「あー、そっか。言いたいことは分かったけど、余計混乱してきた」
「うん、それくらいは自分で何とかするべきだと思うんだ」
「結局そうなるのか……」
嘆息し、考えを再開する。
……答えは、しばらく出そうに無かった。
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